2016年10月31日

シリーズ8  直角に曲がったら…!

 病院での暮らしでは、週に何回かは、医者の回診がある。
 昔見た「白い巨塔」では、権威の塊のような白衣集団がBGMも高らかに怒涛の行進を見せていたものだが、この病院でも、看護師が2,3人付き従って、それなりに緊張した儀式ぶりを見せている。でも診るのは手術の切開傷のチェックのみ。
 もう薬は何も飲んでない。20分の超音波治療ときちんと3度の低カロリーの食事と1時間のリハビリと「部屋でもやってください」と言われてする筋トレと散歩、パソコンと読書…あっという間に日は過ぎていく。驚くばかりだ、もうひと月過ぎたのだもの。
 膝を曲げる…これだけのことがとても苦痛を伴う大事業なのだ。足はまだ地に着けない。半分の重心で着くのが2ヶ月後、全重力を委ねるのが3ヶ月後。今はただ硬直しちまった筋肉をなだめなだめて伸ばして伸ばして、膝を曲げること。
 その時の痛みには2種類ある。細い神経の紐が引っ張られるようなツーンとした痛みと筋肉の束が圧力機で押しつぶされるようなドーンとした痛み。伸ばして曲げるときも痛いが、曲げた足を戻す時も痛い。リハビリとは痛みとの戦いなのだ。でも繰り返していれば、痛みは徐々に排除されていく、決して裏切られることはない。リハビリとは希望なのだ。
 僕には見舞い客や打ち合わせ客が多いのと、「いつまで入院しなければならないのか?」といった不平がましい質問にうるさく思われたのか、昨日の回診で主治医が「膝が直角に曲がったら退院かな」と言ってくれた。ウワオ〜ッ!
 膝曲げ訓練を初めて2週間になる。ただぶら下げるだけでも大変だった右膝も今や65度。でも先週末には90度を達成しているはずだった。ああ、僕に拷問に耐える革命戦士の根性があれば、とっくに直角の壁は超えていたはずだ。
 とはいえ、目標は明確に定められた。直角実現して退院だあ!
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2016年10月29日

シリーズ7  孤独の闇

病院での個室生活1ヶ月。いろんな方が見舞いに来てくれてますが、それでも本質は世間から孤絶された空間。
 妙なことに気づきました。72歳の元自衛官の自爆テロの事件報道をテレビで見ていて、男が一途に暴挙へと突っ走っていった経緯がすごく理解できるのです。
 キーポイントは孤独。“穴倉の思考”とでも言うか、孤独な老人が一方通行の思考を積み重ねて、ついに絶望的境地に到達する過程が、今の僕には妙にくっきりと見えてきます。
 ぼくにしても、いつもだったら稽古したり飲んだり喋ったり、いろんな人たちと忙しく接している毎日だったのが、病院の個室で寂しい時を過ごしている今は孤独に敏感になっているのかもしれませんが、自爆犯の彼もSNSで心情を発信していたらしいけど、誰も反応してくれなかったとしたら、むしろ孤独は一層深まっていくでしょう。
 彼の日常生活の周囲にどんな人間関係を築いていたかが気になります。彼にもそういう人間関係はあったのかもしれないし、そういう薄い関係では収まらなかった暴発だったかもしれません。それに、この年代の男がそう簡単に本音をさらけ出すとは思えませんから、根拠は薄弱ですが、それでも彼の周囲にちょっとした愚痴にも反応してくれる共感的人間関係といったものがあったら、どこかでブレーキがかかったのではないでしょうか。
 “孤独”は創造の原点です。一人静かに考える時間が大切なことは言うまでもありませんが、自分や家族以外に、職場や学校や地域や趣味の世界などに、もうひとつの人間関係を築いていくことがやっぱり大事なんだと思います。
 市川という町で僕が、そして僕の友人たちが築いている人間関係があれば、こんなにも悲惨な孤独の闇を生み出さずに済んだものをと悔やまれます。
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2016年10月28日

シリーズ6 本を読むしかない

毎朝4時過ぎには目覚めて、病窓から白みゆく秋の空を見つめています。闇から光彩へと染まっていく空がなんとも素敵なのです。
 それからコーヒーを飲みながらすぐ読書です。この際、普段読む余裕のない読書を楽しもうと、次から次と乱読しています。
 ここ数日は天童荒太の、児童虐待をテーマにした家族狩りという5部に渡る長編、この作家が描く世界は気分が落ち込みます。人間の業をグッと突きつけられて脅迫されるかのようです。
 僕は先の市民ミュージカルで「子どもの苦しみ」に挑戦しようとしたけれど、やっぱり無理でした。どうも本質が浮かび上がらないし、何より、こんな重苦しいテーマに子どもたちを付き合わせるのも酷だと気づいた瞬間に、意欲も萎えてしまいました。
 とても重要なテーマだと誰もが理解しているくせに、それを舞台化できないってことが、表現者でありたい僕にはとても辛く、力不足を感じました。
 日本のどこかの家庭内で繰り広げられる子どもへの虐待行為や、世界中の戦争下で死んでいく子どもたちを前に、「この現状にお前は何もしないのか?」と突きつけられて答えられる人間はいないでしょう。
 でも、小説や演劇ならそれが可能かもしれません。フィクションでは現状を何ひとつ変えられないだろうけど、人間の心の中の何かを変えられるかもしれない。身近にこじ開ければいくらでも転がってる悲劇的な素材でありながら、誰もが目にも耳にもしたくないといったテーマを、何とか感動的に描ける方法はないものか、諦めないで考えようと思います。
 そう、暇だから、今の内にこれから上演するであろう台本をいくつか溜め込んでおきましょう。
posted by ヨッシー at 15:56| Comment(0) | 個人的分野

2016年10月21日

シリーズ5 拘禁ノイローゼ

術後1週間目から始まったリハビリ、これがなかなか大変だったのです。
 ギブスを外し、抜糸も済んだ右足は、左足の倍近くに膨れ上がっております。というより、何でもなかった左足があまりにも細くなってしまったのに愕然。筋肉は使わなければ本当に細く細くなってしまうのですね。脳もそうなのでしょう。みなさん、筋肉や脳はどんどん使いましょう。
 左足1本では立てません。そこからのリハビリです。180度折れ曲がるはずの膝が、周辺の筋肉がすっかり固まってしまって15度と曲がらない。無理に折ろうとすると悲鳴を上げるばかりの痛さが走る。
 たった1時間ばかりのリハビリタイムは結構体力を消耗します。痛みに耐えるというだけで、相当なエネルギーを消費しているのでしょうね。ほかに何もしてないのに夜はぐっすり眠れます。
 そんな状態で10日ばかりを過ごしたある日の夜、突然何もかも嫌になってしまいました。くだらないテレビも、積み重ねた本も、構想し始めた台本も、何もかもやる気がなくなって、喚き立てたくなりました。おそらく拘禁ノイローゼの軽い症状が出たのでしょう。人は何の変化も起きない生活には耐えられなく出来ているのです。生きていくこと自体が変化なのですから、当然でしょう。ベッドから起き上がって一人で体操とリハビリを始めました。曲がらなかった膝に変化を見つけました。それだけで気分は安らぎます。
 そう、人の一生はまさに旅なのですね。一瞬一瞬の変化と遭遇しながら、終わりへの旅を続けていくのですね。「代わり映えのない暮らし」とか「なんの変化も成長もない毎日」なんてのはないのです。状況はどんどん変わっていく。それをつなげて成長へと導くのは、私たち自身の責任です。
posted by ヨッシー at 12:28| Comment(0) | 個人的分野

2016年10月19日

シリーズ4 僕が変われば周囲が変わる!

いちぶんネットは、第1回いちかわ市民ミュージカル実行委員有志で立ち上げた。来年で設立15周年、NPO法人化14周年になる。
 子どもからお年寄りまで、障害があろうがなかろうが、みんな集まって舞台芸術活動を楽しみながら新しい街をつくろう!と呼びかけながら様々な活動を生み出してきた。
 それらをリードした僕は独裁者だった。
 芸術創造に集団指導体制はなじまない。思いつきと企画力に僕は自信がある。提案した活動にみんなが面白がってくれて、怒鳴られながらも付いてきてくれる仲間がいて、今日まで突っ走ってきた。常に赤字に振り回されるとはいえ、気づけば放課後デイサービスや稽古場まで築き上げてきたではないか。
 現時点で、既に動いてる、早急に動かさなきゃならない事業は、市民M総括・コント・劇団JAMBOワークショップ・来年度助成金申請・事務局体制確立etc、関係団体で波瀾ばんばん座公演「私は今日まで生きてきました」・市川邦楽連盟「瞼の母」etc…目白押しだ。
 何かが終わり、また慌ただしく何かが始まろうという隙間に僕の事故は起きた。「おい、待て!考えろ!」という天の声と気づかないで、なんの教訓を得るか。
 迷惑をかけて申し訳ないこの事態をきっかけとして、いちぶんネットは変わらねばならない。みんなの創意工夫を集中させて、いちぶんネットを再生しよう! 僕が参加できないならみんなで工夫して乗り越えていこう。おお、青春の激情に年齢などなんの関係があるか。僕はベッドで来年のチャレンジドMの、再来年の市民Mの、念願の永井荷風の台本を書くのだ。4年後の市民M10周年まで燃えに燃えまくるのだ…!
 と興奮すれば、従来と何も変わらない事態が続きそうだ。
 まっ、いいか! 面白けりゃいいのだあ!
posted by ヨッシー at 07:30| Comment(0) | 個人的分野

2016年10月16日

シリーズ3 リハビリは希望への道!

手術後は個室に映った。大部屋の環境を哀れんだ奥さんが奮発してくれたようだ。
 術後三日目からリハビリが始まった。金属のプレートと5,6本のボルトでつなぎ合わされた大腿骨の痛みは薬で抑えられていて、曲げない限りほとんど苦痛はない。
 担当してくれる若いかわいいNくんに励まされて十日ほど寝込んでたベッドから離れた。水平から縦の生活に復帰した。左足一本では10秒と立てない。使わなかったあちこちの筋肉がすっかり衰えていたのだ。
 車椅子に移る。車椅子をこぐ。初めての体験! リハビリ室のベッドに移る。Nくんが傷口周辺の筋肉を揉みほぐしてくれる。痛い。平行棒を伝って歩く。松葉杖を試してみる。あれやこれやで1時間、これだけで、すっかり疲労困憊。
 でもなんて感動的なんだろう!
 久しぶりにかいた汗が懐かしい。窓から入る風が清々しい。木立でさえずる小鳥たちが愛おしい。リハビリは命の輝きを取り戻す希望への道だ。大げさだけど、僕は心から感動した。僕の前にはまだまだ切り拓けそうな道がある。希望への道がある。
 なんとも味気ない病院食は、食物に贅沢だった僕の夕食一食分を三回に分けて出してくれる低カロリー食だ。これでリハビリに励めば、退院する頃には素晴らしく若い肉体を取り戻していることだろう。
 借りたパソコンでそれなりの仕事もできるようになった。USBで事務局との情報のやりとりもできる。テレビはニュースだけにして読書三昧の毎日だ。来年のチャレンジド・ミュージカル第11回公演の台本も書いてしまおう。念願の永井荷風物にも挑戦しよう…。
 ただ、仕事の中身は変わっていくだろう。これまでのように次から次と目まぐるしく走り回ることはないだ
 その近未来のイメージは次回のノートで。
posted by ヨッシー at 13:58| Comment(0) | 個人的分野

2016年10月13日

シリーズ2 命には限りがある!

 今の年寄りはみんな大病院で寿命を終えるんだね。
 その寿命を、あれこれ医術を凝らしてなんとか長引かせようとしている、これが現代の医療なのだね。「これでいいのかしらん?僕もこのように死んで行くのかしらん?」
 ともかく、病院というところは何も楽しいことがない。そういう状況下で僕は何を考えたか・・・。
 まずは、「ああ、バカをした!あんなことしなければ良かった!」などと当然のごとく後悔した。自分を責めた。でも、過ぎ去った時間は戻らない。くよくよマイナス思考の自己否定を重ねるより、プラス思考に切り替えよう!
 そして発見した真実は、「命が助かった!」という喜び。「転倒しない方法はあっただろうし、別の道を行けば良かったのかも。軽傷ですんだかも知れないし死んだのかもしれない」…人生は、何が起きるか本当にわからない、全く偶然と繰り返しのできごとの連続性なのだ。
 ただはっきりしてるのは「命には限りがある」ということ。だから、何かを選択すべき岐路に立った時、慎重に熟考するのもいいが、自分が今本当にやりたい道を行くべきなのだ。明日何が起きるかわからない。今という時間は二度と味わえないのだ。
 僕は67歳4ヶ月の肉体と精神を持って生きているという現実を見つめよう。もう無理に若ぶるのはやめよう。
 病院のベッドで一泊した朝、突然こんな思いが閃いた。
 “寝に帰るだけの街”で何かに押されるように始めたこの15年の活動はほんとに楽しかった。演劇人としての大きな壁を越えられずに苦しんでいた僕を生き返らせてくれた。その象徴的な事業のいちかわ市民ミュージカルはあと2回、4年で10周年を迎える。いちぶんネット設立20周年になる。それまでは責任を持ってやりぬこう。鮮明に素直にそう思った。
 と気づけば、結構プラス思考で生きている自分にかなり驚いた。若い頃の僕はこんな楽天的な人間ではなかった。小学生時代までの自由奔放な自分に戻った感じだ。
 僕らの周りには、あれこれ思い迷って苦しんでいる人がいっぱいいる。あれこれ悩んだってなんにもならない、人はなるようにしかならないのだ。そう僕は実感するのだが、悩める人たちはそうは考えられないのだろうね。人間は難しい。
posted by ヨッシー at 08:13| Comment(0) | 個人的分野

2016年10月11日

緊急シリーズ1 人生、何が起きるかわからない!

ご無沙汰してすみません。
 そして、ご迷惑をおかけした皆さん、全く申し訳ありません。
 9月23日夕刻、小雨、傘をさしながら自転車を片手運転していて(皆さん、これほど危険な行為はありません。雨に濡れてもいいから絶対にやめましょう!)、自宅まで300mという真間の下り曲がり坂に差し掛かったところで、対抗してきた車と遭遇。避けようとして一人勝手に転倒。滑って転んだ右足の太ももに自転車のハンドルがガツンとぶつかってきた。僕の人生が変わった瞬間だ!
 「またやった!」(2年前の酔っ払い事故)と後悔しながら持ち上げた僕の右脚はブランブランの状態。救急搬送された国府台病院から、手術を受け入れてくれた北国分の一条会病院に再搬送されて、告げられた手術日は30日。
 見せられたCTスキャンの3D写真は、まるで映画「2001年宇宙の旅」で猿たちが振り回してボッキリと折れて飛び散った人間の骨だった。大腿骨粉砕骨折。病院関係者も「これだけ見事に断絶してる骨折例も珍しいわねえ!」と驚く。この写真は僕の宝物になるだろう。
 痛み止めの薬が効いているとはいえ(最近の医術はほんとに痛くないように処理されるね)、全く体を動かせないまま1週間もベッドに寝たきりで手術日を待たなきゃならないのか!
 運び入れられた6人部屋のベッドに横たわる人たちはすべて後期高齢者、お隣りの男性などはか細く唸りながら一日中眠ってばかりの有様。廊下越しには一日中大声で幻聴的な会話を繰り広げるおばあさんやちょっとしたことで「痛い!虐待だ!」と叫ぶおじいさんなど、終末期の人間の生々しさが暴かれる。
 カーテンも閉ざした鬱屈した異臭漂う大部屋のベッドの上で、僕はまる1週間をただ手術を待つだけの時間を過ごすのだ。
 幸運にも(運がいいのか悪いのか?)大腿骨以外は全くどこも異常がなくて、意識も元通りの半ボケ並みながら変わりはないだけに、この環境は辛い。
 果たして僕の脳裏にどんな思いが去来するのか、シリーズでお伝えしよう。なにせ暇な病院暮らしだから3日置きくらいに覗いてください。ご期待を!
posted by ヨッシー at 08:23| Comment(0) | 個人的分野