2016年12月28日

2016年を振り返る

 「今年もお世話になりました。いいお年を!」という挨拶が行き交って、今年も終わろうとしています。
 皆さんの2016年はいかがでしたか?
 僕の場合はもちろん、9月末の大腿骨粉砕骨折以後の体験が重きを占めています。今年は秋を感じずに過ごしたほどです。でも決して不幸だとは感じていません。まあ仕方のないこと、今後は運動と安全を優先して過ごしていこうとは思っています。むしろありがたいことに、事故を契機に僕自身はますますプラス思考の楽天家になっていきそうです。神様から「もう引っ込んでいいよ」と言われるまで楽しくやっていきます。
 いちぶんネットの活動を振り返れば、「今年もいろいろがんばったな」とは思うものの、周りを見つめて「お互いに年取ったな」と感じざるを得ません。結成13年だから当然です。一方で、若い元気な方々もどんどん参加してくれるようになって、自ずから世代交代を求められています。来年以降はそうした論議が深まっていくことでしょう。
 国際的にみれば、今年はまさに激動の年でした。この1年で、戦後人類が築いてきた平和や平等や民主主義といったヒューマンな発想と体裁が見事にガラガラと敗北していき、民族的エゴや独裁者が高笑いしている姿だと僕は見てます。「戦争をしない国」と評価されていた日本が「戦争する普通の国」に変わった年でもあります。
 来年どころか数年先まで、もっと混乱した状況になっていきそうで残念です。そうした国際状況が、千葉県市川市という町の市民芸術文化活動にどんな影響を与えていくのか、アンテナを高くして探っていこうと思います。
 今年もお世話になりました!
 来年もよろしくお願いします!
 皆さん、よいお年を!
posted by ヨッシー at 12:26| Comment(0) | 個人的分野

2016年12月20日

数所懸命?  数所懸命?

 風邪をひいた。
 日曜の朝になって、鼻水が出て、微熱がでた。僕の風邪の初期症状だ。この後、鼻水が固まり、咳が出るようになって、グズグズと3週間は苦しむことになるのがいつものパターンだ。
 この日は劇団JAMBOと「瞼の母」の稽古がある。いつもなら稽古に出かけるのだが、そういう行動が結局風邪を長引かせることになると判断して休ませてもらうことにして、葛根湯を飲んで、一日中寝ていた。
 おかげさまで、一日で克服できました。稽古場のみんなには迷惑かけたけど、「余計な無理をしない」という事故後の教訓をいかせたいい判断でした。
 ちょっと飛躍するが、こういうちょっとした発想の転換で、この後の人生を大きく変えていけるものかしら?
 私はこういう人間だから…と、今日までこうして生きてきたのだから…と、従来通りの生き方・やり方で対処していくのも、やっぱりアリだと思うけど、切りのいい人生途上のどこかで、思い切り発想を変えて、違った光景を見つめるのも面白いかと思う。
 一所懸命…一つのことに命を懸けるのも素晴らしい人生の過ごし方だが、二所あるいは数所懸命という生き方もあっていいのではないか? いや、懸命が美徳という発想すらも疑ってみてもいいのではないか?
 いや、僕の知り合いが定年を終えて老後という新しい人生に踏み出そうとしている。老後は意外と長い。新たな実験を試みるに十分な時間がある。
posted by ヨッシー at 16:10| Comment(0) | 個人的分野

2016年12月11日

メールのやり取りは対話ではない!

 昨10日(土)、いちかわ市民ミュージカル実行委員会の総括会議があった。
 出発点が遅れた今回の実行委員会はいろいろ大変だったし、一方で、実行委員の一人ひとりが「担うべき役割を全うする」とばかりに奮闘してどうにか乗り切ったようで、その辺りにさすが16年間の蓄積の成果と僕などは評価するのだが、ともかく大変だった(らしい)。
 昨日の会議は、「今後の課題」をいくつか具体的に確認する場となるのかと思いきや、終演後、まだ会議の場で一度も自分の言葉で振り返りの総括を述べてなかったようで、つまり昨日はそういう場となった。
 実行委員の一人ひとりから、いろいろ「大変」だったことや「孤独」だったことや「加重負担」だったことなどが涙や緊張とともに述べられて、「それでも一所懸命やった、やってよかった」とまとめられていた。
 強烈に感じたことが二つあった。
 みんなが誉めてもらいたがっている。当たり前だ、苦労したのだもの。人は誰もが褒められたい、認められたい。誉めてあげれば、認めてあげれば、ほとんどの苦労など吹き飛んでしまうのだ、ということ。大人でもそうなのだから、子どもなどまさにそうなのだろう。本当にお疲れさま! 関係者の皆さん、ぜひ実行委員のご苦労に感謝し労わってあげていただきたい。みんなでお互いにもっともっと誉め合おう。
 もうひとつは、メールMLのやり取りでことを決めていってはならないということ。各実行委員の多忙さを配慮して、MLのやり取りでことを進めていこうとしたのだが、この方法は失敗だった。やるべきではなかった。会議の場で顔と顔を向け合って話せば解決したはずのことが、一方通行で言葉足らずのメールのやり取りでは不満と不安が高まるばかりで何一つ良い結果を生まなかったようなのだ。
 メールは人間的ではない。肝に銘じよう。
posted by ヨッシー at 10:31| Comment(1) | 第8回市民M