2012年12月03日

いちぶんネット文化祭

12月1日(土)17時から、第6回いちかわ市民ミュージカル「手鞠歌風にのって」の舞台記録DVDの上演会がありました。出演者のほとんどといった参加者であふれかえった会場では、賑やかな再会の喜びに満ちていました。
記録上映をうつらうつらとしながら見させてもらって、「アアここが余計だな・・・。ここが足りないなあ・・・」と反省しながら、しかしそれはいつものこと、終わってしまった結果を悔やんでも仕方ない、まずは出演者の皆さんの熱気が深く記録されていることを良しとしましょう。
面白かったのは余興の部分。いちぶんネットの活動や市民ミュージカルから生まれたサークル、親父ダンサーズ・コントdeげき隊!・しずくダンス・ミュージカルダイジェスト・・・4団体の発表でした。いちかわ市民ミュージカル公演を契機に、これまで数々のダンスや合唱や演劇のサークルが誕生しました。体験した感動をもっと極めたくて、サークルを作って日常的に活動していくなんてすごいことです。まさにいちぶんネットから産まれた宝物といえるでしょう。
発表を見ていた女性からは「親父に負けてられるか!LADYババを結成しよう!」と意気込む声も聞きました。子どもからお年寄りまで、こうしたサークルがどんどん活気づいていけば面白いなあと思います。
来年は「いちぶんネット法人化10周年」、いろんな団体が集まって合同発表・文化祭をやるのもいいかもしれませんね。
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2012年10月15日

白幡神社例大祭

13日(日)の夜、宮久保白幡神社のお祭りに、「手鞠歌風にのって」が招かれて部分上演しました。
境内は小規模ながらも多くの屋台が並んで、むしろ先月に見た八幡神社のお祭りよりも賑やかな雰囲気で、宮久保地域の皆さんの日頃の積極的な活動の成果の現れだと思えます。
そして、宮久保自治会の皆さんが、「手鞠歌」に一緒に取り組めたことを大変喜んでいただいていたことに改めて驚きました。「袖かけの松」を話題にすることが宮久保地域の皆さんにとっても大いに意味があったということでしょう。主賓ゲストとして扱われるとともに、何と協賛金までいただきました。
 地域の人たちとの協力関係を深めようとした今回の市民ミュージカルは、これからの方向性を探る大きな切っ掛けになったと思います。
 自分たちの住む町を自分たちで住みよい環境へと変えていこうとするこうした活動はとても大事です。地域のお祭りや文化的イベントは、地域の人たちの積極的な思いを抜きには成立しません。また、こうしたイベントを積み重ねることが地域の絆を強めていくことにもなるでしょう。そして私たちの芸術文化活動もまた地域のさまざまな人たちとの連携を深めて行ってこそ、始めて意味あるものへと成長していけるのでしょう。
「アクトローカル、シンクグローバル」・・・世界に渦巻く膨大な危機や不安に立ち向かうには、自分から、自分の町から、小さな行動を起こしていくしかないと改めて実感できた夜でした。
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2012年09月17日

地域との連携

 「手鞠歌風にのって」の評判がとてもいいので気をよくしています。
 市民ミュージカルの過去6回、僕は毎回「今回の作品が最高!」と思ってるけど、やっぱり多くの人の共感を呼ぶテーマというのはあるようで、それはたぶん「泣ける」ということなんだろう。「泣ける壷」というのがあって、ぼく自身が目を潤ませながら書いた部分が確かに功を奏したんだから、こういう技術を身につければぼくも一流なんだろうけど、そうはいかない。日々研鑽だね。
 16日(日)、白幡神社のお礼参りができた。神社総代や自治会の人たちがすごく感動してくれて、10月13日(土)の例大祭のイベントにもぜひ出演してくれという要請がありました。HPに詳細が報告されているから、来れる人はぜひ参加してください。僕自身はその日チャレンジドワークショップがあってお世話できないけど、会田雄次君を始め出演者の何人かが世話役になってくれるので、みんなで工夫して面白い出し物にしてください。
 今回は自治会や商店街を中心に地域の人たちとの連携が強まったことが、これまでにない大きな成果だと思う。白幡神社の総代からは「次回は手児奈姫伝説を取り上げて、真間自治会との連携を図ってください」と提案されたけど、そういう公演のあり方もあるかもしれないね。
 「面白いと思える活動」で地域の連携を深めていくのは本当に「面白い」ことだけど、今騒いでる国家間の愛国的排他的感情が勃発すればすぐ集団主義に飲み込まれてしまう。個と集団を巡る永遠の葛藤だけど、排他的愛国感情なんて国家権力者だけを利するものでしかないことを忘れちゃいけない。負けちゃいられない。僕は個あってこその国家だと主張する。
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2012年09月09日

何もない一日

公演終了後の最初の休日、「来週から休日をどうやり過ごせばいいんだろう?」と言ってたみんなはどうしている? たまりにたまった片付け物に追われてる? 秋の散歩を楽しんでる? 仕事に追われて舞台の興奮など吹き飛んでしまってる? 残暑の日差しは稽古時と何も変わらないのに、心の様相は何もかも一変してしまったのではないですか?
僕はたまりにたまったいちぶんネットの作業に追いまくられてほとんどぼんやりする暇なしにすごして、日曜日の午後、ふと気づくと、心地よく冷房の効いた部屋で古女房と新しい犬と一緒に昼寝を楽しんでいました。久し振りの快感! 何もしない半日の、何もかもほったらかしている時間の、何という贅沢さ!
近頃、どんどん自分で自分を忙しくしているのを感じる。本題の仕事の真っ最中でも次々と先の活動の準備に追われているのを感じる。不慣れな事務局をこれ以上追い立てるのはかわいそうだからと何でもやってしまって、パンクしていらついてるのを感じる。歳のせいで以前はやれてた同時進行が段々できなくなってきたこともあるんだろうけど、こんなのおかしいよね。
そう長くはないんだから、やれることがある内が華、バーッと突っ走って暴発してぶっ飛んじまえ!と思う反面、やっぱりメリハリつけて、仕事と仕事の合間にぼんやりと釣りを楽しむような何もない一日を楽しむ余裕を持たなきゃね。
アア、チャレンジドミュージカルの台本完成させなくちゃ! 「コントdeげき隊!」の台本も書かなくちゃ! 宣伝もしなくちゃ! 公演赤字の処理を考えなくちゃ! お袋と兄貴の見舞いにも行かなくちゃ! 次の演劇公演の企画も固めなくちゃ!・・・アア忙しい。それが楽しい。欲張りなんだね。
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2012年09月04日

ありがとう! やったね!

全国防災記念の日の1日と2日、いちかわ市民ミュージカル「手鞠歌風にのって」の舞台が開け、そして閉じてしまいました。
見にきてくださった方、本当にありがとうございました。舞台はいかがだったでしょうか。
客席が一気に涙にむせていく瞬間は低いさざ波のような波動が伝わるものですね。隅に座っていた僕は、そのことに快感と感動を覚えていました。
テクニカル的な問題を引きずって寸前までどうなるかと不安でしたが、どうにか本番に間に合いました。これも金曜日に予想を超える大人の出演者が集まってくれて、場当たりが順調に遂行できた結果です。大人たちにも「そんなに仕事を休んで大丈夫だろうか?」と気を揉むばかりでしたが、おそらくいろんなことを犠牲にして集まってくれたんだろうね、今回の出演者の意気込みの高さを実感しました。スタッフや出演の市民仲間に心から言いたい、ありがとう! やったね!
4ヶ月の稽古を通して数々のドラマも生まれました。「成長のドラマ」です。子どもから大人まで、僕自身も一回り大きな人間になれた気がします。これがあるからこそ市民芸術活動をやめられないのでしょう。市外からの観客が「市川はいいですね。さすがは文化の街ですね」とうらやましがっています。指をくわえてるだけじゃダメだよ。自分たちで、自分の街で、産み出せばいいんだよ。
本番前の半月の稽古場ではどこか悲壮な雰囲気がありました。ひょっとしたら「これが最後」という思いがみんなの中にあったのかもしれない。今後どうなるか僕にもわからないけど、最後なんてそうめったにはやってこないよ。「別れる!切れる!」とやり合って絆を深めていく夫婦と一緒だよ。
posted by ヨッシー at 10:07| Comment(2) | 第6回市民ミュージカル

2012年08月27日

熱く暑く燃えた4ヶ月!

稽古が終わりました。
2日連続4回の通し稽古は、やる度に出演者の「気」が高まって、どんどん良くなっていくのを目の前にして、僕の心は震えました。やっとこれで、堂々とお客様と勝負できます。
稽古終了後に多くの出演者たちが泣いているのを見て僕の目も潤んでしまいました。
5月から、他の楽しみは何もかも我慢して稽古に燃えた4ヶ月、あれほどちゃらんぽらんだった子どもたちもずいぶんたくましくなりました。大きな声も出ました。登場人物が乗り移ったかのような豊かな表情にもなりました。稽古中のいざこざを自ら解決しようとする姿勢も生まれました。これを成長というのでしょう。
大人たちの魅力といったら限りがありません。本当に楽しい仲間ができました。「子どものため」と参加してきた大人たちが、いつの間にか「自分のため」に稽古にのめりこんで行きました。何という輝きでしょう。文化人の誕生です。
一方で、「客が少ない!」と事務局が悲鳴を上げています。隙間風の吹く客席ではせっかくの感動が流されてしまうだけでなく、そのまま赤字となって市民ミュージカルの存続に関わる大問題となっていきます。本当に「いい舞台」を創り上げる努力に何の苦痛も感じないのですが、赤字ばかりは気力をすべて打ち破りかねない魔物です。こんなにお金をかけない舞台も創れはするのですが、皆さん自身の要望も高まっていくのは事実ですし、この先どうしたらいいかは公演後の実行委員会の大きな討議課題です。
さあ、いよいよ本番です。ホールに入る前に、もう一度台本を読み直しましょう。登場人物になりきった目で自分のセリフを見直すのです。その場の大きなテーマに沿って、自分のセリフがどういう意味を持つのかに気づいてください。そして残りの4日間、これまでの努力を一気に花開かせる集中と執着と陶酔の日々を送りましょう。人間万歳! お客様万歳!
posted by ヨッシー at 11:15| Comment(2) | 第6回市民ミュージカル

2012年08月20日

一気に花開こうとする今!

 残り6回の稽古なった18日19日、「ダメ出し」をみっちりやって、曖昧な場面の抜き稽古して、最後に通し稽古。どうにか主張が明確に伝えられる段階へと発展してきましたね。稽古場では何人も泣いてる人がいました。
 子どもたちは、金・土・日と3日連続の稽古で確実に豊かな表情が出てきました。物語を引っ張っていく役割の俳優たちもその責任感といったものが現われ始めました。稽古後はニコヨンたちが(子どもたちの歌声も聞こえましたが)遅くまで自主稽古に汗を流していました。欠席が多くて遅れがちな人たちにみんなで教えあっている姿は本当に美しいものです。
 稽古後の飲み会では、親父たちの嬉々とした顔に囲まれて楽しい宴席となりました。仕事はハードで土日ばかりか平日の夜も早退して稽古場に駆け込む親父たちに、会社の同僚たちはいったいどんな表情で見つめているのでしょう。自分で宴席を用意して「あんたがミュージカルに出演?」と驚かれながら、恥ずかしそうにチケットを売り込む親父たちが何ともいじらしいですね。日本の男たちがこうして余暇に舞台芸術活動にのめりこむようになれたら、日本はきっと変わっていきます。もっと面白い国になっていきます。
 宿題もたまってる、洗濯物もたまってる、みんな忙しくてバタバタと生活せざるを得ない・・・でも家庭の中ではミュージカルの歌声が響いてる。2年に一度の何とも慌しい、でも幸せな家族の光景です。
 今週平日夜間は最後の抜き稽古が続きます。そこで細部を詰めて、来週は2日連続4回の通し稽古。そこで一気に花開いて感動的な舞台へと変身していくことになるでしょう。
posted by ヨッシー at 10:58| Comment(1) | 第6回市民ミュージカル

2012年08月14日

不安

1泊2日のミュージカルキャンプ、お疲れ様でした。
最後の通し稽古には袖掛けの松も登場して、出演者も舞台のイメージをつかむのに役立ったかと思います。「客席から登場する」という課題も、始めてそれらしく動けてホールでの動きのイメージに役立ったでしょうか? 稽古場の床に線で描かれた坂道のイメージはどうでしょうか? 舞台セットのイメージを稽古場で明確に持ってもらうことは、始めての方には難しいものです。本当は稽古場に本物のセットを組んで稽古できればいいのだけれど、それは無理な夢なので、いつも本番前の場当たりで「こんなに舞台や客席は広いのか! こんな大掛かりな舞台セットなのか!」と驚くことになってしまいます。
さて通し稽古、終了後の演出のダメ出しが「ダメだ!」と強調されるだけで終わったことに皆さん「不安」を感じてしまったことでしょう。「何故ダメなのか。どうすればいいのか」を指摘しないまま終わってしまったことを反省しています。次回の稽古の最初に「ダメ出し」を確認し合います。
 まず、子どもたちの集中力が続かないことを指摘しておきましょう。この後1日2回公演に耐えるだけの集中力と体力を身につけていくことが課題です。
集中力は大人にも言えること、今やってる歌や振付をこなすことに追われて場面の全体の動きや流れにまで神経が行き届かないから、どうしてもセリフのトチリが生まれてくる。余計な間ができて舞台が死んでしまう瞬間が生まれる。克服するためにはまず、自習稽古を利用するなどして歌や振りを身体にしみこませること、一人ひとりが自分の担当部分をしっかりと台本上でチェックすることが必要です。それを前提に稽古場では細部の稽古を詰めていくことになります。
まさに追い込みの稽古、時間との闘いです。一人ひとりが責任を自覚すれば舞台はどんどん迫真性を帯びてきます。頑張ろう!
posted by ヨッシー at 09:32| Comment(1) | 第6回市民ミュージカル

2012年08月06日

公開稽古

5日、始めての通し稽古を公開稽古の形で行いました。予想以上の観客と報道記者が見に来てくれました。
なかなかの出来ではありましたが、まだ手をつけていない場面もあまりにも雑な場面もあります。「最高の舞台を創りたい」と欲張っている立場からは正直ちょっと焦ってきますね。
自分を強く印象づけたいと欲張る大人たちのそれぞれの工夫が目立ってきました。とても嬉しいですね。たとへ群集シーンといえど一人ひとりの個性を持った集まりです。創造とは教えられるものではなく、自分で生み出すものですし、舞台では目立って何ぼ、やった者勝ちの世界、稽古中はどんどん工夫して達成感を味わいましょう。役者の工夫が見えれば見えるほど演出のしがいも増してきます。
子どもたちが奮闘しています。少ない人数でよく歌声を響かせています。ですが、子どもたちはお互いに励ましあって自分も相手も上達していくという姿勢が弱い。リーダーになりたがらない。そういう高度な姿勢はやはり体験を積み重ねていく必要があるのでしょう。この機会にぜひ学んでほしい人生態度です。
とはいえ、まだみんな自分の殻を壊そうとしていない。「自分にこんな感情があったのか!」「自分にこんな行動ができるのか!」という発見が少ない。舞台は嘘の世界、嘘を通して真実を味わう世界。俳優は登場人物を演じて新しい自分を発見していく仕事。普段の生活では決して味わえない冒険が許される世界です。
残り1ヶ月、思い切り自分の限界に挑戦してほしい。それがあって始めて「ヤッタア!」という達成感が味わえます。それが市民芸術活動の最大の魅力なのだから。ぼくも3キロ痩せたくて最大奮闘します。アレ?目的が違うか?
posted by ヨッシー at 13:02| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年07月30日

リアルな演技

 『手鞠歌風にのって』の稽古も残り1ヶ月になってきました。
 この時期は、役者が役の人物の行動線(何故その場にどういう目的で立っているのか?何をしようとしているのか?その時どういう気持ちなのか?)をわかっていくことを求められます。演出からの指示をただ繰り返すのではなく、何故そういう指示が出たのかを考えながら稽古することが大事です。
 俳優の一人ひとりが自分の演じる役の人物の行動と心理を想像してイメージ豊かに再現する・・・これができ始めたとき、舞台全体が俄然活気づいてきます。昨日一人の女の子がものすごくリアルな(迫真的な)セリフを吐きました。ビックリしました。その場で役の人物になりきって誰かの言葉にまっとうな反応をすれば、セリフは生きづきます。生きいきと言葉を投げかけ合ったシーンは全体にエネルギーが満ちあふれてきます。
 HPの掲示板で四季の「キャッツ」が面白くないとありました。表現技術が上手であろうと役者やスタッフが『燃えていなければ』面白くないのは当然です。ロングランの公演ではどうしてもそういう時期が訪れるものです。でも市民ミュージカルは2日4回の勝負。『燃えなければ』意味はありません。
 そのために稽古を重ねているのです。一人の俳優の迫真性が周囲に大きな影響力とともに広がります。お互いに刺激し合った葛藤(せめぎあい)が観客の胸に突き刺さります。そしてその逆も然り。 舞台は非日常的な嘘の世界です。嘘を通して真実を暴き出す世界です。俳優はウソだからこそ恥も外聞もなく泣いたり笑ったり怒ったり、決して普段の生活では味わえない感情を存分に楽しむことができるのです。そういう楽しみ方をそういう燃え方を残り1ヶ月存分に味わってほしいのです。その達成感の大きさは再び日常生活を生きる俳優の個人としての自信・自尊に結びつきます。それでなければ市民ミュージカルの存在意味はありません。
posted by ヨッシー at 12:11| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年07月23日

稽古は踊る

22日(日)は1幕を中心に立ち稽古に入りました。
出演者がイメージを抱きやすいシーンと「ほとんど理解されていないシーン」とが明確になりました。160人もが集中した時間を共有することは本当に難しいことですが、一方では、それができたときの達成感もまたスゴイものがあります。舞台創造とは時間との競争、支持待ち姿勢ではなく「一人ひとりが主人公」という自負を持って、多いに創造力を高めていってほしいと思います。
出演者の集中力が高まるに応じて、指導者側から「もっと稽古を!」という要求も高まって、稽古時間の奪い合い状態が続くことになります。家に帰ればチケットを買ってもらうためや協賛金をお願いするための手紙や電話に時間が取られます。残り一月ちょっと、どんどん忙しくなっていきますね。

ところで、いちぶんネットでは、増大する消費者被害や詐欺への啓発事業として、コント劇団「悪者やっつけ隊」(仮称:いい名前を募集します)を結成して、県内各地の集会にボランティアによる“出前コント公演”をやろうと準備中です。演劇好きな市民が集まって「コントで社会貢献しよう」というのが目的です。
現在僕は資料集めをしていますが、人間はほんとにだまされやすいもの、欲もあれば家族への愛情もあるからでしょうね。僕なども簡単にだまされそうです。
明日は県庁での事業委託のプレゼンテーション。採用されて、県内に面白い話題を巻き起こしたいと思っています。
コントを実践的に学びつつ“出前公演”を楽しみたい方は9月からの公募に応じてください。
posted by ヨッシー at 11:34| Comment(4) | 第6回市民ミュージカル

2012年07月17日

最後の読み合わせ

16日(祝)、最後の読み合わせと歌を行いました。
出来はまだまだといった状態ですが、全体の流れが見えてきて「アア、こういうドラマなのか」ということが良くわかったと思います。後はこれにどんどん表情をつけて肉付けしていけばいいのです。
大人たちが自由に伸び伸びとやりたい放題演じているのに比べて、青年や子どもたちがまだまだ萎縮しているのが気になりました。「自由に、のびのびと、大胆に!」と言葉でいくら強調しても、それが実態としてどういうものであるかを知るには体験が必要です。まだまだ子どもたちがわかるようには稽古場の創造的な雰囲気を築いていないのだと反省しました。
もっとも膨大なセリフをほとんど覚えてきて主役の責任を果たそうと頑張っている少年などを見てるとうれしくなります。その影響力も大きなものでしょう。来週からはいよいよ立ち稽古に入ります。

ところで炎天下の14日(土)、赤レンガをいかす会の皆さんと横須賀にある猿島を見学してきました。そこには明治の陸軍が築き上げた東京湾防衛のための砲台建築物が残っています。フランス積みの赤レンガ遺跡です。西洋に追いつけ追い越せと必死に国家体制を確立していった明治という時代のエネルギーがそのまま味わえるいい遺跡です。
横須賀は昔も今も軍隊の町です。いざという際には殺気でみなぎるはずですが、緊急時ではない今は港湾の各所に浮かんでいる軍艦もなにやら一つのオブジェにしか見えない、妙に馴れ合い的で倦怠的な雰囲気を醸し出していました。各地の原発の街というものも福島事故以前はこういう雰囲気だったのかもしれません。常に危険性が秘められているものなら、決して顕在化しないで、絶対にこの日常性を保っていてほしいと願うばかりです。
posted by ヨッシー at 12:23| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年07月09日

♪お父ちゃんのためなら エンヤコーラ 子どものためなら エンヤコーラ

4つの稽古場をフル回転させて、演技の稽古も始まりました。
短い時間でしたが、最初にみなで読んでもらって、演出のダメ出しを確認して、もう一度読み直してもらう。それだけで俄然良くなっていくのに驚かされます。特に狭い和室に肩寄せ合ってニコヨングループの稽古は面白かったですね。女性陣の圧倒的パワーが男どもをタジタジとさせていくのが何とも愉快でした。やはりこの世は女天国になりつつあります。
その夜、湯船に浸かりながら口ずさんだのが「ヨイトマケの唄」。いい歌です。泣けてきます。♪お父ちゃんのためなら エンヤコーラ 子どものためなら エンヤコーラ・・・
あの頃のお母さんはほんとうに朝から晩まで働き尽くめでした。僕のお袋もそうでした。今度の台本では、男が若い頃のお袋を発見して「母ちゃん、母ちゃん・・・!」と呼びかけますが、日本の男は奥さんにも「母さん」と呼びかけてお袋の幻影を追い求めているようですが、それほど昔のお袋という存在は大きかったのでしょう。「冗談じゃねえ!」と現在女性は怒り出すでしょうが、男女の生物的存在の違いはやはりその辺りにあるのではと思えてきます。
「手鞠歌風にのって」では事故を起こした責任に玄さんは悩み苦しみます。そしてある日、「俺には子どもがいた。自分の苦しみだけにおぼれていてはいけない」と気づいて再び立ち上がります。そう気づかせたのは息子の「嘘」でした。「嘘」に秘められた息子の「愛」でした。前回はそこばかり強調していましたが、お袋の敏子さんの存在の重要性に改めて光を当てる必要がありますね。親父が全く働かなくなった間、文句一つ言わずに働きだして家族を支えます。「このままで終わる夫ではない」と信じて復活を待つのです。兄や姉も家族を支えます。昔の日本映画に数多く見られたテーマですが、いい家族ですね。涙が出ます。入院中の僕のお袋を想って、涙が倍になりました。
posted by ヨッシー at 09:57| Comment(2) | 第6回市民ミュージカル

2012年07月02日

二日連続の稽古

先週は30日(土)と1日(日)の2日連続稽古。
さすが疲れましたね。子どもたちは今日元気に学校へ行ってるかしら? 大人は職場で居眠りなどしてないかしら? 
稽古予定の隙間を利用しての寸時を惜しむかのような自主稽古も始まりました。まだ新人さんが参加してくるのも驚きとともに歓迎です。今回の稽古場の雰囲気はとてもいい感じがします。集中があります。以前は、ひと稽古終わるとすぐ騒ぎ出した子どもたちもダメ出しを聞く態度を崩しません。昨日はさすがに疲れた様子だったけどね。
月末の交流会も今年は様相が変わりました。以前はいろいろな挨拶や報告の後お菓子を食べてしゃべりあうだけで終わっていたのが、大人と子ども一緒になってわらべ歌遊びを楽しみました。
子どもはほんとにわらべ歌が好きなんですね。嬉々として珍しがって遊んでいます(大人もそうだけど)。昔から延々とつづいてきた子どものコミュニケーション力の獲得方法だったんだと改めて実感しました。
またネギリンの民話の語りにもどんどん引き込まれていく子どもたちの姿がありました。これも驚きです。
聞いてみると、半分以上がこれまでわらべ歌や民話の語りを体験したことがないという。こういう集団遊びを知らないまま過すなんて、子どもという季節のもっとも豊かな文化を味わわないで過してしまうことになるんですね。ものすごくもったいないことだし貴重な日本文化の喪失です。僕自身もこれからはワークショップなどで積極的に採用していこうと思います。
来週はまた各部屋に別れて抜き稽古の固め、再来週は歌とセリフをあわせた台本読み合わせに入ります。
よろしく!
posted by ヨッシー at 10:08| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年06月27日

役を演じるということ

パソコンの調子が今一でしばらく更新できず、知人に教えてもらって解決しました。何事もその道に詳しい人はいるものです。また実感。
24日(日)、「手鞠歌風にのって」の配役が決まりました。
今回の出演者は、子どもも大人も、個性的で意欲も技量レベルも高く、数次に渡るオーディションと指導者間で何度も話し合いを重ねた上で、私が最終決定しました。よほどのことがない限り初演のキャストとは変えることを原則として、多くの方にチャンスを広げようと一言のセリフでもWキャストにしてあります。
希望の役を得られなくてガックリするのは人間として当然ですが、いつまでもこだわっていても何も得られません。「与えられた役の人物」を愛してあげてください。舞台には曖昧な人物は登場しません。例え一言のセリフからでも、その人物像を具体的に深めていくことが大事です。名前は? 仕事は? 家族関係は? 生年月日は? どこに住んでいて、どんな生活をしているか? 性格は? 趣味は? 特技は? そして、いったい何の目的で何をするためにその場に登場してくるのか? 彼(彼女)がその場でもっともこだわっていることは何か? ・・・こういったことを役者が深めていって人物像を明確にしていく(役の形象といいます)ことで、初めて舞台は具体的な人物が集まり、ぶつかり、自己主張する、生きいきとした時間を共有することになります。
そしてまた、そのセリフの裏読みも大事です。誰に向かって、どのような動機で語られるセリフか? その場の状況を読み込んで、どんな感情に裏打ちされて語られるセルフか? その人の本音かもしれないし、本音ではないかもしれない。では、本音はどこにあるのか? ・・・セリフに、舞台上の行動に、小さな嘘一つあっても曖昧さのかけらもあってはいけません。
さあ、来週からは歌とダンスとセリフと行動とがどんどん絡まっていきます。
posted by ヨッシー at 08:42| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年06月18日

言葉を明確にするということは・・・

17日は、全員揃って狐の嫁入り行列の振付稽古。
この場面で必要なのは完璧な様式美。地を這うような死の世界が押し寄せ広がって、玄さんと赤い着物の少女を包み込みます。狐の集団とは現世を超えた霊的世界のエネルギーそのものです。出演者全員が呼吸を同じくするほどの迫力をみなぎらせねばなりません。何度も何度も稽古します。
配役決定も最終段階に入りました。
オーディションを重ねていて、歌唱指導でも演技指導でも強調されるのが「口をはっきり開けて、明確な発音を意識すること」。子どもばかりでなく大人も、モゴモゴと口内にこもった発声が多すぎます。唇の動きが乏しくて顔全体の表情が曖昧になってしまっているのです。
言霊(ことだま)という言葉があるように、人が発する言葉はその人の人間性そのものを表しています。本音を語った言葉は聴くものを感動させます。明瞭な言葉はその人の明瞭な生き方に通じます。権利や自己を主張する者はそれに見合う力強い言葉を持たねばなりません。自分の思いをぶちまけ、時には人とぶつかり合うことを恐れずに来た人間の言葉にはそれなりの力がこもっているはずです。
今の子どもたちは顎が細くなっています。硬い物をかじることがなくなり筋肉がついていません。大声で叫んだり訴えたりする環境がなくなって唇の筋肉も弱いのです。当然声は口内にこもります。そしてそこから漏れる言葉には、思いをまっとうに周囲に届けるだけの力を持てなくなってしまいます。
稽古場だけでなく日常の暮らしの中で、「言葉を明確にしゃべる」習慣を身につけましょう。それは即ち、自信を持って堂々と自分の人生を生きる生き方へと変えていくことになるでしょう。


posted by ヨッシー at 15:18| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年06月04日

ほんとにみんな上手になった!

3日(日)、初めての台本読み合わせと説明をしました。
休憩を挟んで約3時間。小さな子どもたちも良くついて来ていました。驚いたのは、初読みだというのに、皆さんが場面で要求されている人物のやり取りをよく理解しかつ気も入っていたこと。一言でいえば「みんな上手になったなあ!」という感想です。
そう難しい台本ではないけど、初演のDVDと見比べたら違いは明らかです。あの頃はまるで学芸会の演技。それを許してしまった演出の責任もありますが、「ダメ出し」が効かない現実もありました。
今回はオーディションの頃からちがってました。大人はもちろん、子どもたちも以前はボソボソと自信なげな子が多かったのに、今回はみな声も出て工夫もあってちょっと驚かされています。
こうなると配役選考がほんとに難しくなります。贅沢な悩みが増えるわけです。
ところで、その夜はワールドカップアジア最終予選。攻めあがろうとしない相手に前半で本田が最初のゴール。打つべき人が打って嵩にかかって多いに攻めあがるかと思いきや、途端に慎重な構えに終始します。あの試合なら5点は獲得できたでしょう。何故調子に乗って攻め上がらないのか・・・そこに今の日本を見たのは僕だけではないでしょう。どこか慎重、言い換えればどこか自信なげな日本人の姿が浮かび上がります。つまらない。小さく小さくなっていく日本人が、その生活ぶりがつまらない。
これまで経済成長だけにすがって誇りを感じていたから、経済が斜陽化を迎えると途端に自分を見失ってしまう。文化を取り戻さねばなりません。せめて、市民ミュージカルという面白がるだけが取り得のイベントを徹底的に楽しむ行為が僕らの人生を燃え上がらせてくれるんじゃないか。それが文化の力です。
やるときはやるんだ! その一瞬の高揚が人生を社会を変えることもある!
posted by ヨッシー at 10:43| Comment(1) | 第6回市民ミュージカル

2012年05月28日

稽古3日目

27日(日)、南行徳公民館で「手鞠歌」の稽古3日目。
大きなホールが借りられず、大人と子どもとが全く別々の稽古を進める形になってしまいました。
全員合唱の後は「狐行列」の基本歩行の稽古、そして補充オーディションとあっという間に終わってしまいます。でも雰囲気は上々。みんなが熱心に楽しげに稽古に集中している姿は圧巻です。稽古後のスタッフ会議でも、今回は大いに期待できそうだとうなずき合いました。
次回は、第2次オーディションを兼ねた「読み合わせ」です。極力前回とは違う配役にすべきだと確認しあいました。演出として欲を言わせてもらえば、例えば「渡り人足の弔いの三郎」のような硬派のカッコイイ青年俳優がいないこと。「そんな若者がどこにいる?」・・・そう、まあ、ね。
ところで、NHKの未解決事件ファイル「オームサリン事件」を見ました。何とも重いつらいテーマでしたが、NHKならではのいい番組でした。人間救済を願って参加した組織がいつの間にかジコチュウ的な論理と行動に突っ走っていく・・・宗教団体特有の事件と決めてしまっては本質を見失います。僕は組織と個人のあり方を巡る究極的なテーマと考えます。麻原やヒトラーといった独裁者よりも、それに従っていく周囲の人間たちの方に目が向きます。僕ら一人一人の人間は弱い。外部を遮断して内向きな論理ばかりに陥ってしまうと、誰もがああした行動に犯されていく。大きかろうと小さかろうと集団の中で自分の存在を確かなものにしようとすればするほど、むしろ組織の内部論理にすがろうとしていく・・・そこに個人としての理性はどうすれば確保できるのか? 人間という社会的集団の永遠のテーマですね。
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2012年05月21日

キックオフ!

今朝は皆既日食、我が家も観賞用メガネを買って、おそらく生きてる内は二度と見られない現象を楽しみました。
さて、19日は市民ミュージカルのキックオフ(稽古始め)!
小学校の運動会と重なって(スケジュール調整の大失敗)欠席者も多かったのですが、とてもいい雰囲気で始まりました。
過去5回の公演のダイジェストメモリーが上映され、僕もこの十年の歩みを振り返ってつい涙してしまいました。最後に映ったのは会場内の今回出演するメンバーの姿、「我々が感動と栄光を引き継ぐのだ」の気概に満ちた顔でした。それから交流ゲームやオリエンテーションへと移り、初回の顔合わせの緊張がみるみる和やかな交換へと変化していきます。
今回は実行委員の皆さんがある種の危機感と意義を再認識して大いに燃えています。準備会議でも一人ひとりが責任感を持って主体的です。それがキックオフにも現われています。
後半は、配役選考のためのオーディションへ。みんなすこぶる意欲的で、かつ上達していることに驚かされました。台詞を覚えて意欲満々の人も沢山いました。今回はすべての表現力において、はるかに質の高い舞台が期待できます。
とはいえ、僕がイメージする大ホールでの圧倒的迫力を獲得するには、まだ出演者の数が足りません。そこで、5月いっぱいは募集活動を続けることになります。途中から参加したらもう配役が決定していたということがないように、暫時オーディションも継続していきます。
どうぞ、お知り合いの方にもう一声かけてください。
これから稽古と同時に、第2次選考へと進んでいきます。選ぶ方も選ばれる方もつらい選択をせねばなりませんが、舞台とはそういうもの。
さあ、また4ヶ月の暑い熱い稽古を楽しんでいきましょう!
posted by ヨッシー at 09:18| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル

2012年05月13日

祈願式

13日(日)10時、白幡神社にて「手鞠歌風にのって」公演の成功と安全を祈願するお払い式が行われました。
晴天の下、30名ほどが参列しました(写真は市民ミュージカルHPに載っています)。
舞台公演を始める前に、素材となった地にお払い祈願に伺うのは恒例行事となっていますが、今回は地元の宮久保自治会や商店街の方々の熱心なご協力の結果として白幡神社の宮司さんのご出席の形で実現しました。儀式も厳かにまたにこやかに進行し、心温まるとてもいい時間を共有できました。本当にありがとうございました。
井伊大老の孫が市長をしていたような保守的な町で育った僕は古臭い町とその人間関係を毛嫌いしていました。一日も早く都会へ飛び出したいと願っていました。「故郷放棄」は高度経済成長のあの時代に都会へ若者を集中させるための戦略でもあったのかもしれません。
いつの間にか市川市の住民となった今、僕は「この町で市民文化を築いていこう!」と呼びかけています。そして、都会砂漠と化したような希薄な人間関係を築き直すために、地域関係を見直すようになっていきました。
今回ご協力いただいた宮久保自治会の方々のご尽力振りを拝見して、そのほとんどが退職した人たちのボランティアで支えられているのですが、子どもからお年寄りまでも巻き込んで、地域の生活環境や人間関係をよくしていこうとする活動の大切さを実感できました。
一人で生きていきたいと願うのも人間なら、家族や隣人との共存を願うのも人間です。自己を主張する人間を押さえ込んだり改革を阻止したりする保守性は拒否しますが、やはり周りの人たちと協力し合って生きていくことは大事です。老域に達した僕もそうした活動を少しでも担っていこうと思います。
posted by ヨッシー at 19:01| Comment(0) | 第6回市民ミュージカル