2015年11月19日

本物の人生

 僕の甥っ子の妻が子宮がんで亡くなった。46歳だった。
 夫はビオラ、妻はバイオリン、夫婦ともに演奏家だった。
 何でもそうだが、クラッシック界でも、その道を続けるには大変な努力がいる。「夫婦というより同志でした」。何よりも大好きな音楽を最上に置いた。
 がんと分かった時、「それとどう向き合うか?」を夫婦でしっかり話し合ったそうだ。子どもはいない。夫婦には、妻には、音楽しかない。演奏家というのは想像以上に酷な世界で、三日練習を休むと格段に腕が落ちるそうだ。
 そこで、手術には踏み切らず、演奏や練習生活と治療とを両立させる方法を選んだ。誰にも知らせなかった。症状が悪化した時でも練習を怠らなかった。バイオリンこそが彼女の人生だったからだ。
 「短いけれども、本当に充実した人生でした」と甥っ子が振り返る。
 芸術家の人生とは何とも壮絶なものだね。若いのに、本物という気がする。あれもこれもと気が散って、ちゃらちゃら生きてる自分が恥ずかしくなる。思えば、郷里の実家で話した時も、静かだけれども勝ち気で真っ白な女性だった。
 式場には、彼女の武器であり人生そのものだったバイオリンが飾られていた。
 夫と仲間たちが葬送の四重奏を演奏した。寝棺の傍で、それがいまにも音を奏でそうな気がした。追悼!
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2015年10月26日

50年という歳月…!

24日(土)、郷里の滋賀の彦根で中学校の同期会があった。もうこの先はないかもしれないと、無理して日帰り参加した。
 当時360人いた同学年で集まったのは60人ほど。見渡せば、しわくちゃのカビ臭い顔ばかりがズラ〜と並んで、みんな見事なジジババになっていた。もちろん、ごく一部を除いて、名札と顔を確認しながらでないと昔を思い出せない。
 驚いたのは記憶の不思議! 昔のあれこれを楽しく語り合ってるうちに、どうも食い違いが起きてくる。「何の話をしてんのや!?」、ついガキに帰ってわめき立てる。相手のエピソードにまるで記憶がない。僕のエピソードに相手は明らかな?モード。50年という歳月の残酷さを見る思い。
 面白い女がいた。最近プロの演歌歌手になったそうだ。歌が好きで長くインディーズ?で歌ってたのが認められて、プロを進められたそうだ。車1台に機材を積んで、自分で運転しながらあちこち歌い回っているそうだ。その名は堀絵依子、琵琶湖や滋賀の歴史を刻んだ演歌を広げているという。
 僕らは昭和24年生まれ。戦争を知らずに生まれ、すぐ朝鮮戦争の特需景気に見舞われ、その後はあれよあれよという間に豊かに贅沢になっていった世代、全く幸運で一番偉そうにしている世代、それでも決して好き勝手にというか本当の自由な生き方は身につかなかった世代・・・そんな雰囲気が濃厚な同期会の一夜だった。
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2015年07月01日

チンピラ

 自民党の若手議員たちのマスコミ批判が話題を呼んでいる。
 阿部政権の安保法案や沖縄政策を批判するマスコミを黙らせるために、言論で対抗するのではなく「黙らせるためにはつぶすのが一番。広告を出さないよう経団連に圧力を」というのだから、何とも虫唾の走る無知で無謀で無粋で恥知らずで腹立たしい連中だ。
 80年前、時の日本政府がどんどん戦争を準備して法体制を整え世論を国防一色に引っ張ろうとしていった時、まだかなりの日本人はそれを「無謀」と見ぬき反対していた。それがあっという間に戦争一色に染まっていった。最後は、爆弾や焼夷弾の雨あられ降る中で、「なぜこんな悲惨な状態になったのか?」を問い直すこともなく「憎っくき米兵め!」と国民一丸となって崩壊していった。
 そういう状態に追い込んだ大きな存在が、ああいう「権力を笠にきた、あるいは権力におもねるチンピラたち」なのだ。反対の声を上げる誰彼を捕まえては、暴力的にあるいは巧妙な圧力で封じ上げていった。もちろん議員ばかりではない。そういうチンピラは権力機構の周りに無数に巣をつくっている。自身の立場を強めるためには、ちっとばかしの甘い汁を吸うためには、国民一般の行く末などどうでもいいのだ。いや、権力周辺ばかりでもあるまい。我々の暮らしの中でもいっぱいいる。
 悲しいかな、それが人間という存在でもある。でも、それと闘うのもまた人間なのだ。ああいうチンピラをのさばらせてはいけない。
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2015年05月19日

お誕生日おめでとうございます!

 と、この場を借りて、自分自身にご挨拶。
 今日19日、僕は66歳になりました。この数字が恥ずかしくてなりません。なぜなんだろう?他の方はどうなんだろう? 
 奥さんからは手作りのカードを貰いました。「他に何が欲しい?」と言われても、もう何が欲しいわけでもない。物欲も性欲も創造欲も減少して、どんどん枯れていくのがわかる。わずかばかりの年金が貰えることで、思いきり働こうというエネルギーもなくなっている。もう土俵を明け渡すべきなのだ。
 まあ、それが人生というもの、愚痴りだしたら切りがない。孔子によると僕らの世代を白秋と呼ぶ。別名「従耳」、「人の言葉を素直に聞きなさい」ということらしい。
こいつはいい言葉だ。最近実感している課題がまさにこれ、「人の意見を聞く」。もう何もかも一人で突っ走ってたって駄目。人の声を聴いて、良き方向に導く「村の長老」的存在になるのだ。フフフ、ホホホ…歯の抜けた顔で笑う爺様になるのだ・・・・!?
 いやだ! なりたくない!
 不惑なんてありえない。いくつであろうが人は迷うものだ。これからも、迷って、悩んで、馬鹿をして、面白く生きよう。それが俺だ!
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2014年09月24日

青春はかくも懐かしく…

25歳くらいからの5年間、アルバイトのつもりで一緒に子ども向けの芝居をやっていた仲間たちと新宿で再開した。朝早くから学校の体育館を上演して回った。初めて北海道への巡演も経験した。あれからもう40年近くもたったんだ。みんな顔の筋肉がぶら下がり、白髪もはげも目立ったが、顔だちは変わらず、話口調も昔のままだったのがおかしい。
何の能力もないくせに他人に厳しく自分には甘く、身勝手で偉そうで無責任だった若かりし頃の僕、裏切ったり喧嘩したり甘え合ったり、恋だ愛だと騒ぎ合ったりしていた時間が一気に蘇った。
当時付き合ってた女性は乳がんで亡くなっていた。まだ役者で居続ける奴もいれば、とうに辞めて家族を支えてきたやつもいる。40年の歴史を皆はどう生きてきたのか、じっくり聞きだすには時間が少なすぎたが、あの頃は確かに青春を生きていたと何とも懐かしい感慨を味わった。
それにしても歩行者天国の新宿の雑踏ぶりには目がくらんだ。この雑踏の中で、毎晩のように安酒で飲み狂ったり麻雀にうつつを抜かしたりていたんだなあ。
深夜に帰宅した我が家のなんと静かな今の暮らしか。家族は寝静まり、馬鹿犬だけが玄関に迎えに来る。
今日まで僕はどう生きてきたのか、そして残りの月日をどう生きるのか…撫でている犬の体が妙に暖かい。
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2013年09月26日

雑感いくつか

 市川のROMさん、コメントをありがとう。「HPなんとかしないとね」と事務所でもいつも話題にしてるんだけど、その能力がありません。何かを変革するには、やはりそのイメージと能力が必要なんだと痛感します。どなたか助けていただけないかしら。
 25日、チャレンジド・ミュージカル第9回公演のプランナー会議があり、プランの大枠が固まりました。今回はシンガーソングライター井上ともやす氏も参加して「宮沢賢治とオノマトペ」に挑戦します。改めて賢治の作品のいくつかを読み直して“言葉の力”を感じています。思いを深めながら言葉を磨き上げていく、逆に言葉を練り上げながら思いを深めていく。人間に与えられた言葉を大切にしないと人間がますますバカになっていくし社会が単純で怖ろしいものになります。話題のヘイトスピーチやある民族を単純に軽蔑したりするのもその最たるもの、僕らは言葉を日常的にももっともっと大切にしていきたいものです。
 “出会い”をテーマに、ラベルのボレロ全曲15分のダンスにも挑戦します。今回は、これまで避けてきたチャレンジドたちとプロとの競演(というのは、プロが前面に立って子どもたちがまるで刺身のつまになってしまう舞台を多々不快な気分で見てきたからですが)にも踏み込むつもりです。過去8回の公演に参加してきたチャレンジドたちが、人間的にどのように成長してきたかを検証するシーンも組み入れようと思っています。ともあれ、面白がりながら新しい表現の可能性に大いにチャレンジしていこうと思います。
 ところで、市民会館が使えなくなったことが市川の市民文化活動に与える影響はかなり大きいですね。行徳文化ホールI&Iでは会場費と付帯設備費が4倍も多くかかってしまうのです。規模の小さい活動団体はみな四苦八苦していることでしょう。文化会館や公民館の会場費値上げも検討されているし、市民会館の建て直しは民間企業との共同開発という方法を選択されるとI&Iのように会場費の高騰を招く恐れもあります。
 市民文化活動の停滞は世知辛い世の中をますます雰囲気悪くしかねないものです。僕は行政への要求運動は好きではないけれど、せめて市民の足を引っ張ることだけはしないで欲しいと願わざるを得ません。
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2013年09月09日

2020年東京オリンピックパラリンピック開催

 東京オリンピック開催が決まってテレビが賑わってますね。僕はイスタンブールを押してました。混乱するイスラム世界の調和にとって絶好の機会になると思っていたんだけど残念です。
 話題沸騰の中で、「7年後、果たして俺は生きているか?」と老年世代の誰もが自問したことでしょうね。そして福島の原発解決、迫り来る南西大地震、夏の異常気象など、「引き受けて大丈夫か?」という不安がとっさに浮かんでしまうなんて、僕らが生きている現在はなんという不安に満ちた時代なのでしょうね。
 ともあれ、僕ら老年世代には前回の東京オリンピックの興奮振りが心に焼き付いています。確かに当時の日本人に大きな自信を植え付けてくれました。柳の下に二匹目のドジョウがいるかどうかはわかりませんが、7年後を見据えて何かを考えていく機会なんてそうはありません。夢あふれる具体的な国民的課題ができて、日本人の一つの希望につながれば、経済は好転するだろうし、福島原発だって本気で解決を迫られるだろうし、マア良かったといえるんじゃないかと思います。
 僕はむしろパラリンピックの変化と発展に期待しています。これまで付け足しのように開催されてきたパラリンピックが質量ともに充実して、障害のある人が堂々とスポーツや文化活動を楽しめるようになる、そんな時代の切り札になっていくことに夢をつないでいこうと思います。日本の偉いさんがそういう風に新しい時代を先取りしてくれたらと願ってやみません。
 今日はすっかりいい天気。女房は実家に、息子は旅行に出かけて、僕はしばしチャビと二人きりの生活。掃除して選択して布団干してごみ出して、「今日は休み!」と自己宣言。フフフフ・・・思わず微笑んでしまいます。
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2013年08月18日

命を終えるということ

 施設にいる100歳の母の様態が思わしくないとのことで、覚悟の礼服持参でちょっと長く郷里に帰っていました。
 空調の効いた施設とはいえやはり暑さがこたえるのか、母は食事が取れなくなったり眠れなかったりします。点滴を受けてまた元気になり、またしばらくすると元気がなくなる。点滴を受ける回数が多くなっていきます。17日は亡き父の13回忌で多くの親類が集まり、母を次々と見舞いました。母も興奮していました。
 法事のために仏壇のある今は誰も住まなくなった実家を掃除しました。庭は荒れ果て屋内はすすがはびこって、誰も住まなくなった家は一気に廃れるものですね。幼かった頃の思い出と悲しみが襲い掛かってきて、かえって力が入り熱中症になりかけました。母が可愛がっていた猫がまだ居ついていました。兄が時々えさやりに通っていますが、母の姿が見えなくなって久しいことをあの猫はどう感じているのでしょうか。
 母を見ていると「役割を終えた命が消えていく」という実感が強くします。「死ぬ」というのとはちょっとちがいます。だから寂しくはあっても悲しみはそう強く感じません。「ありがとう」と呟くばかりです。父の時もそうでした。天寿を全うする両親は幸せですね。
 その施設は、最期は病院にいかないで施設の中で見取りを遂行してくれるそうです。聞けば、人間が死ぬことは法律的には簡単なことではないんですね。「命を終えようとしている人」が何故「命を助ける」病院の関与を受けねばならないのでしょう。我々息子は本当は母の家で見取りたいのですが、そうもいかず、施設で見取ってもらうことを選択しました。もう間もなく本当の終わりを迎えるでしょう。
 5日ばかりの休暇の間に、いろいろな情報がパソコンにたまっていました。また今日から多忙な生活が始まります。生きていられればこその忙しさ・・・喜んでこの多忙さに立ち向かおうと思っています。
posted by ヨッシー at 10:43| Comment(0) | 個人的分野

2013年07月04日

K K君

 K君は20代後半、チャレンジド・ミュージカルに何度も出演している青年だ。
 先日こんな相談を受けた。母子家庭だが、最近母親が病弱で一人暮らしを求められている。自分は施設や共同生活には不向きだが、といって一人暮らしをやっていく力もない。ヨッシーが世話をしてくれないかというのだ。
 市民活動に関わりだしたこの10年、いろんな“人生相談”を受けてきたが、とうとうこういう現実と向き合わねばならないかと、考え込んでしまった。
 「面白いかも」と始めたチャレンジド・ミュージカルを通して、それまで気にも留めなかった障害児・者のいろんな現実を学んできた。ぼくは芸術指導者であって福祉活動家ではない。彼らと心を通わすことは好きでも、人生の面倒まで見ることはできない。そういうスタンスでやってきたつもりだが、10年もやってるとそう割り切れることばかりでもない。
 K君は「だまされる」という言葉をよく使った。いろんなつらい目に会ってきたのだろう。K君のように、一人立ちを望みながらできないでいる人間、いざという際の支援を求めている人間にどう関わればいいのだろうか? 家族で稽古を楽しむ姿を見ながら、この親が年老いた時、この子たちはどのような生活をしていくことになるのだろうか? 
 一昨日も「国際ユニバーサルアートタウン」の設立準備会の世話人をお願いする会合を持った。僕が代表になれば、どういう責任が覆いかぶさってくるのか、実はまるで実感がない。ぼくはどういう風に彼らの人生と向き合っていくのか、僕自身の人生がどう変わっていくのか、・・・オロオロしながら、チョロチョロしながら、なるようにしかならない人生というものに、興味半分で、僕という人間を見つめている。
posted by ヨッシー at 10:26| Comment(0) | 個人的分野

2013年06月25日

仕事とは?

 我が家にチャビという1歳半の犬がいます。
 里親探しのNPO施設から生まれて半年で貰われてきて、もう一年なります。よほど怖い体験があったのでしょう。ものすごい怖がりで、子どもも自動車も嫌い、散歩も嫌い、いわゆる可愛げのない子で、嬉しくても尻尾を振らない犬なんて初めてです。これではいざという時に困ると、女房が家庭教師をつけました。
 週に一度やってくるその女性が一時間ばかり付き合って、いろいろと指導法や付き合い法を教えてくれます。さすがその道のプロ、日ごとに成長していくチャビ、だいぶん落ち着きました。今では僕との一時間の散歩を楽しめるようになりました。
 仕事とは? 職業とは? と考えてしまいます。我々はまず就職を考えます。今ある職業欄の中から自分にふさわしい職種を選択します。まるでそれらがお金稼ぎのすべてであるように。中には資格ばかりとって安心してるばかりの人もいます。
 でも、仕事を自ら生み出していく方法もあるのだとその女性を見て感じます。まだ詳しく聞いていないのですが、犬が好きで好きで、気づいたらアメリカに渡って犬との付き合い方を学んで帰ってきました。資格を必要とするのかどうか知りませんが、自分で近所にビラを撒いて「犬の家庭教師」を宣伝しました。結構忙しくニーズがくるようです。
 今ある秩序に飲み込まれるのと自分から新しい価値を生み出していくのと、世の中と向き合う人間の質の違いを感じます。仕事は自分で生み出していくものです。好きなことをどんどん追求していき、そこにニーズが生まれれば、お金が動き感謝されます。それで食べていけるようになったら00業という職種が生まれるのです。仕事の原点はまさに創造なんですね。
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2013年05月08日

私事で恐縮ですが・・・

5月連休の数日、郷里の母に会ってきました。
百歳五ヵ月の母は、ひとり暮らしをしていた1年半前にこけて骨折して入院して以来、もう実家には戻れず病院と療養所生活、人生をあきらめたような寂しげな表情が目立ってボケも徐々に進行していきました。シニア劇団公演「飢餓海峡」の本番前に体調が悪化したと連絡を受けて見舞いに行ったわけです。年の割には地の力が強くどうにか危機を乗り越えて安堵しましたが、こうやって幾たびか危機を繰り返して命を終えていくのでしょう。時々反応してくれるのが嬉しく、母の顔中いっぱいのキスをしてしまいました。
誰もいない実家には大きな仏壇があります。その前に座って93歳で逝った父に母の様態を報告していると突然激しく泣けてきました。涙ばかりでなくよだれまで流れ出る様に自分自身の老状を見ていっそう悲しくなるばかり・・・こういう時、人生無常、色即是空空即是色、生まれた一つの命が一つの命を生み自らは消えていく、人間の本質もまた然り、それ以上の何を得ようというのか・・・といった仏教的諦念観に包まれてしまいます。
そして自然に「ありがとう」と何度も何度も仏前で呟いていました。僕という命を生んでくれた父母への素直な感謝の言葉が「ありがとう」という言葉であったことに安堵しました。自分を素直に肯定できる今を嬉しく思えたのです。

6日、「ドングリコッコとコッココッコの冒険」の稽古が始まりました。小さな子どもたちと一緒に、生まれてきた喜びを噛みしめられるようなひと時を存分に楽しみたいと思います。
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2012年10月24日

老愁は葉の如く・・・

金木犀の香りも薄れたというのに、秋の気配はまだ本物ではない。今年はマツタケも牡蠣も不作だそうな。
先日、下北半島の温泉めぐりで久し振りのリフレッシュを堪能したのに、また日常に忙殺されている。一つひとつの仕事や段取りに時間がかかりすぎるようになった。面倒臭がったり後回しや無視する事柄が増えていく。机に向かう際にエイッ!という気合が必要な日が多くなった。夜はもう電話にも出たくない。永井荷風さんの断腸亭日乗のうじうじした心境が心にピッタリしてくる。秋は生き物を物悲しくさせる季節であるらしい。
「コントdeげき隊!」の稽古は、そろそろ公演依頼も入りだして熱を帯びてきた。台詞を覚えたり、大声を出したり、瞬時に反応したり、「演劇は老化防止の最高の手段だ」と強調するぼく自身が役者の名前をど忘れしたりダメ出しで息切れしたりする始末。そういえば、シニア劇団の俳優たちと船橋の古い建物や遊郭地跡を探索した後のカラオケで、歌い終わった後息切れしたのがショック。秋は営みの終わる季節なのか。
 チャレンジド・ミュージカルの稽古が始まろうとしている。台本が思うように仕上がらずスタッフたちに迷惑をかけているが、もう時間切れ、後は現場で悩むしかない。秋は虫の声と年寄りの愚痴が賑やかだ。
 助成申請の季節だ。いちぶんネットの事業で助成金なしで済むのは一つもない。普段全くのボランティアで関わってくれてる理事たちにお金の負担まで強いるのは忍びないから、あれやこれや貪欲に書類を積み重ねて申請する。その作業が時間を奪う。来年の秋はどうしてることやら。
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2012年04月23日

温泉旅行

いちぶんネット恒例の春の温泉旅行で仲間と一緒に仙台秋保温泉に遊んできました。まだ桜も蕾で肌寒い気候でしたが、震災被災地の方々には申し訳ない、また毎日生活に悪戦苦闘しておられる方にも申し訳ない、存分に楽しんできました。
中には仙台で開催された子ども環境学会にチャレンジド・ミュージカルの実践報告に出向く奇特な方がいましたが、主催者である僕はそういうことはすべて人に任せて、飲んで食って温泉に浸かって散歩してという享楽三昧でした。
帰市後はM&Mのライブへ。いちかわ市民ミュージカルで出会った若いデュオで会場は50人ばかりで満員盛況。ここでも盛大に飲み食い。この二日で1kgは太っちまったでしょう。
市民M参加を切っ掛けにスタッフ専門家や役者修行に進んでいった若い人もいます。老後の生きがいを見つけた人もいます。くっついちまったカップルもいます。自分が関わったイベントでどんどんやる気を出して成長していく人を見るのは最高の気分、正直誇らしくもあります。帰り道、歌詞が一つ浮かびました。デュオの作曲家に送ればいい曲にしてもらえるかしら。
さて、これからは第6回いちかわ市民ミュージカルの出演者募集が本格化します。募集チラシがどうやら市内の生徒に配布されたようで参加申し出が続いています。そういえば稽古開始ももう間近、それまでに準備しておかねばならない作業が目白押しです。たっぷり遊んだからやる気は十分、一つひとつ片付けていきましょう。
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2012年04月16日

願わくは花の下にて春死なん

と願ったのかどうか、満開の桜の季節に姉が逝きました。74歳でした。まだまだやりたいことが多かった姉は悔しい思いだったでしょう。合掌。
年老いてくると兄弟姉妹の死は特に堪えます。死がほんとに身近なものとして実感させるからでしょうね。僕もそう長くはないでしょう。もう、自分にはどうしようもないことには余り悩まず、自分ができることに集中していこうと思います。
見回すと、いろんなことに悩んでいる人が多い。悩みのない人生などありえないのですが、そして若い頃の悩みもいいものではあるでしょうが、今の僕には「もったいない」、僕自身の手では解決しない悩みや鬱に落ち込んだりしているのがもったいないと実感します。
このところ事務的な仕事に追われています。それはそれで「やるべき課題」だと思うのですが、やはり創造的な時間がほしい。そう思ったら自分でその時間を見つけることです。そうできない不満を口にしても仕方がありません。これまではそれができなかった。できないのを周囲のせいにしてきた。そういう他人のせいにする姿勢だけはもう捨てようと思います。
「悩みとはそんなものじゃない。自分ではどうしようもない悩みに落ち込んでしまうのが人間だ」という意見もあるでしょうが、そういう悩みには鈍感であろうと思います。
なんだか妙にナーバスになっているのは、すぐこの後に続くであろう母や長兄の死を見据えているからでしょうね。悲しいけれども、それは不幸と言うものではない。少なくとも「息子よ、弟よ、お前は残る人生をどう生きるか」と問いかけてくれているのだと思うことにしています。
抹香臭い話になってごめんなさい。
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