2017年06月24日

最近の住宅建設現場

 我が家の向かいの土地はかつて大きな一軒屋だった。今そこに10軒の戸建て住宅が建てられようとしている。
 毎日、建物が形になっていく様子を見ている。何とも驚く。建築現場にいるのはたった一人きりだ。
 ある日、トラックで建築資材が搬入される。すべて細かく切断された材料やパネルばかりだ。そして建築方法たるや、ぼくらがお芝居のセットを建て込んでいくのと何の変りもない。
 初めに1階分の壁パネルを組み立てていく。ひと回り建て込んだら、それに床パネルをかぶせ、今度は2階分のパネルを建て込んでいく。柱などは使わない。つなぎ目を金具で固定するだけだ。何ともはや安上がりな方法だ。徹底して売値を下げないと売れませんという訳か。
 ぼくが驚くのはそれをたった一人で建てていくことだ。パネルをヨイショと起こして組み立てる作業など、バイトの一人でも雇って端を押さえてもらってる間に接合していけば、もっと楽にも簡単にもなる。それをたった一人でやっている。三軒ほどが同時進行に組み立てられるが、どれも一人でやっている。そこまで人件費や建築費を節約せねばならないのかと、ちょっと恐ろしくなる。
 それでも驚くほどのスピードで形になっていく。もう大工と呼ぶ時代ではなくなったのだろうが、現場の創意工夫など何も要求されない。たった一人で黙々と組み立てて、5時になったら終了。
 いかにも今日的で面白くもなんともない光景、人間はロボットじゃねえんだと、やっぱり古典的な文句の一つも言いたくなる。楽しくなけりゃ仕事じゃねえんだ! 
posted by ヨッシー at 10:47| Comment(0) | エッセイ

2017年01月12日

NPO実践講義

 11日(水)、中央大学法学部教室で、20人ばかりの学生にNPOの実践報告をしてきました。
 JR立川駅でモノレールに乗り換えて大学前下車、松葉杖でおっちらおっちら歩いてリハビリ兼ねた出講です。NPO論の授業で、これまでもいくつかの大学から時々講義の要請があり、「実践報告でよければ」といつも引き受けています。90分間、あっちこっちコロコロしながらホラや受け狙いも含めて存分にしゃべりながら、自分でもこの間の活動を振り返る契機としています。
 学生たちのNPOへの関心は高く、実践活動にも参加している人もいますが、就職先として考えている人はさすがにいませんでした。身分保障のなさに腰が引けるのは当然ですね。
 途中、理事のトモミツさんが作成してくれた市民ミュージカルとチャレンジド・ミュージカルの歴史紹介DVD(20分と7分)を流したら、これが大好評。聴講していた先生などはウルウルとした状態で、活動を誉めちぎってくださいました。
 実際よくできたDVDです。もっと皆さんにも見ていただけるようにトモミツに手配を頼むつもりです。
 そういえば、いちぶんネットのHP全体をもっと魅力的なものにするための話し合いに近々入る予定です。トモミツさんやテリーさんといったITに強い人材の協力を得ることは、これからの活動の発展のためには必至ですね。そういう能力のある若い方々、ぜひご協力ください。
 昨日の講義が気に入られて、70歳の定年まで毎年連続講義を要請されました。表現ワークショップなども組み入れて、学生の関心を高めたいと思います。
 ところが今朝、新聞に「市川市長が赤レンガ保存を断念」という記者会見記事が出ました。
 残念ですが、これについては次回に。
posted by ヨッシー at 15:46| Comment(0) | エッセイ

2016年09月13日

残酷なスピード!

 「夏の光2016」の公演がおわったら、次々と待ってる仕事がある。
 「のんびり温泉にでも…」と夢見ながらパソコン作業に疲れて窓を見ると、お向かいのお家が無惨にも変貌しつつある。
 600坪の敷地に古いお家が一軒建っていた。もう10年近く手入れしていないから樹々は鬱蒼とし、国府台球場へと続く丘につながる崖沿いにはケヤキやクヌギの巨木が連なって、今どき珍しい鶯の声が楽しませてくれていた。狸もカラスも野良猫も自由な暮らしを楽しんでいた。我が家のバカ犬も彼らに刺激されて野生を蘇らせていた。
 小さな森ともいえる樹々の群れが、大型機械の導入とともにあっという間のスピードで伐採されていく。見つめるこちららは声も出ない有様、これが開発というものか!
 いずれ10軒分の住宅分譲地に生まれ変わるという。何ともはや…!

 いちぶんネットも、一休みする間もなく、劇団JAMBOだ、コントだ、子ども茶道教室だ、にわにわ祭だ、と事業が続く。関係団体の赤レンガやシニア劇団や邦楽連盟の公演も待っている。市民ミュージカルの後始末に追われる事務局がてんてこ舞いしている。
 「こんなに忙しくしてどうするの?」と思わないでもない。でも、いつの間にか事業が目白押し状態になってしまう。一つひとつの事業を明確に総括できないままに、また同じ間違いを繰り返す。これでいいのか! 
 もっとスローペースでいいから、食事をよく咀嚼して一味ごとの風味を味わいながら戴くように、参加した人たちがそのことでどういう風に成長していったかをじっくりと楽しみながら、事業を展開していけないのか。それがNPOの使命ではないか!
 と思いつつ、やっぱり今日も慌ただしく動き回っているいちぶんネットなのです。
posted by ヨッシー at 11:35| Comment(0) | エッセイ

2015年06月02日

ブログ

 普段人間はどんな情報を、どこまで求めるものだろう? 
毎日更新されるフェイスブックの情報がどんどんつまらなくなってるね。動物の可愛いしぐさだとか何を食っただとか、「どうでもいいじゃん、そんなこと!」って情報が多すぎて、ごくたまに混じる宝石情報が曇る。ハイ、わかってます。嫌ならやめればいいのね。
 教えられて見たけど、「おかつさんち」というブログがおもしろい。自閉症の我が子を巡る家族の暮らしの顛末があけすけに報告されていて、面白い発見がいっぱいある。「そうだ、今度こういう世界をミュージカルにしてしまおう!」て気になる。
 つまり必要なのが発信者のセンス。何をどこまでさらけ出すかを意識しながら、微妙なところで押さえてる「おかつさんち」のセンスがいい。
 一時しのぎの癒しとか笑いとか、パッと来てパッと過ぎてしまう情報はかえって人間の内省心を奪い去るだけだ。近頃の人間は5分と自分の心と向き合うことができないでいる。泣きたきゃ思い切り泣けばいいのに、すぐ切り替える。笑いたきゃいつまでも引きずりゃいいのに、すぐ平常に戻る。わたしゃ古い人間だから、やっぱり「じっくりと自分や他人と向き合う」時間を大事にしたい。
posted by ヨッシー at 11:13| Comment(0) | エッセイ

2014年10月31日

朝立ちおばさん

 我が家の前は千葉商大付属高校生徒の通学路になっていて、自転車を連ねて毎朝生徒が通学する。朝8時頃が反対方向の駅へと向かう通勤の車や自転車とも重なって混雑のピークとなる。
 半年か1年か前から、交差点に一人の中年女性が立って、行き交う人に「おはようございます!」と挨拶を投げるようになった。平日の毎朝30分間だ。そういえば、学校かPTAの方針なのだろう、各所で挨拶の言葉を投げている。交通事故を見守りながらの朝の挨拶行動なのだろう。
 最初はたった一人の彼女の声だけが響いていた。声をかけられた生徒や大人は無視するか、照れくさそうに口ごもるだけだった。たまに犬の散歩で出会う僕もそうだった。彼女は声をかけ続けた。そして今、誰もがはっきりとした挨拶を交わし合っている。面倒臭そうな高校生ですら…
 挨拶を交わすというちっぽけなことでも続ければ成果を生むのだ。たった一人でも長く長く続ければ何かが変わっていく。市民活動の原点を見る思いだ。
 このところ、あまりにも多忙でイライラが募り、準備すべき課題も中途半端で皆さんに迷惑をかけて、謝ってばかりいた。やっと落ち着いて、しばしやるべき課題を整理したら気持ちも落ち着いた。仕切り直しだ。
 近頃、悪いと思ったらまず謝ることにしている。「謝りゃいいと思ってる」といわれるかもしれないが、謝らなけりゃ始まらない。
posted by ヨッシー at 07:55| Comment(0) | エッセイ